2014年2月6日木曜日

奈良の旅人エッセイ-6-

 奈良紅葉が気に入っています。低山の山肌の紅葉がまるで淵のような役割をし、中に寺院の屋根と緑、黄、赤がほどよく目に映るからです。眺めていて心から安らげます。そういう意味では展望できる場所の少ない奈良ですが、二月堂からの眺めが気に入り、奈良を訪ねると必ずここに寄ります。
 あの東大寺大仏殿の屋根が景色に入っているのが奈良らしくていいです。人が多いのでシャッターチャンスを待ちながらの撮影になりますが、苦に思うことはありません。その場で巣立っている子どもたちに写メールしてやると、「いいね」と返ってきます。
 四十数年前修学旅行で初めて訪ねた唐招提寺にも訪れます。奈良のお寺はどこも手入れが行き届いていますが、ここは格別という印象をもっています。午前中早いとまだ箒をもった方の実施中を見かけます。近ければ「ご苦労様。おかげで気持ちいいですね」と声をかけます。「ありがとうございます」と、明るい声が返っ てきます。
 修学旅行の思い出の作文にこの唐招提寺の印象を私は書きました。大人になって訪れるたび、あのとき私はなぜ唐招提寺を書いたのだろうと自問してみます。苦労して日本に渡ってきた鑑真を思ってだろうか、あの幾本もの太い柱の独特な丸みが感じさせる人間味を思ってだろうか、いろいろ想起してみるのですが、詳細は思い出せません。ただ、エンタシスという柱の形状のことは今でも覚えていますので、それが書かせたのではないかと思っているところです。この種のなつかしい過去回帰ができるのも奈良だから、です。
 東山画伯の描いた襖絵を実際にこの目で見たいと思っているのですが、大好きな紅葉の時期とずれるのでまだ拝見できておりません。「いっそ、写経に参加したら?」と友人からは冷やかされます。あこがれのものに会いたい気持ちは子供心のようです。
  足を延ばして、吉野山の紅葉にも向かいます。桜の季節に訪ねてすっかり気に入り、それなら紅葉の時期も、ということになった結果です。尾根筋の木立の中を歩くのもいいのですが、私はやはり眺望景色を気に入っています。坂道を登ると振り返り、また登っては振り返りしながら楽しんでいます。お寺のたたずまいが 溶け込んでいるのがとても奈良らしいのです。それに何度も振り返ることができるほど長く続いているのも。
 大好きな奈良でも年を重ねてくるといつでもどこでも、というわけにはいきません。気に入った時期、気に入った箇所というように狭まってきます。それを受け入れながら楽しむのも旅のこつと思っています。

神奈川県在住 K.R.様 60代 女性