2014年2月13日木曜日

奈良の旅人エッセイ-13-「奈良を旅する楽しさ」

「奈良を旅する楽しさ」

終日歩き回った心地よい疲労感を抱えた身体には、多めに砂糖を溶かした紅茶がしみじみ優しい。小ぢんまりとしたホテルの一室で紅茶を味わいつつ、人生半ばにして初の一人旅初日となった今日一日を振り返る。

夜明け前の京都駅から奈良線に乗って奈良駅経由で法隆寺駅に到着したのは8時過ぎ。
今回の旅いちばんの目的である法隆寺に向けての足取りは軽く、気づけば目の前に南大門が構えていた。水色の空に映える瓦屋根の美しさにしばし釘付けになり、人影のないのをいいことに、大きく手を広げて何度か深呼吸をする。
3月下旬、桜が咲き始める頃特有の潤みを帯びた空気とともに、脈々と続いてきた名刹のエネルギーが体内に流れ込んでくるように感じられ、気分が高揚したのだろう。ふと、この土地は私を受け入れてくれたのではないかという思いあがった考えが過ぎった。
南大門をくぐると自然と背筋が伸びる。いつになく敬虔な気持ちで閑寂な伽藍を仰ぎ見、仏像ひとつひとつに心のなかで手を合わせながら境内を回っていると、たまりにたまった日頃の穢れが少しずつ落とされ、心身ともに軽くなっていく気がする。近くで「C’est si bon」を繰り返す明るい声がして思わず微笑んだ。
その後は散策を楽しみながら、中宮寺、法輪寺、法起寺、慈光院と訪ね、大和小泉駅から奈良駅に戻り、預けていた荷物を手にして東大寺近くにあるホテルに到着したのは夕方。
チェックインの際、オーナーに夕食処の相談をしたところ、併せて拝観時間外でも楽しめる東大寺情報を頂き、荷を解くなりさっそく東大寺へ。
間近にあるのをどこか不思議に思いながら正倉院脇の道を行けば、そこかしこに神様の使いの悠然たる姿があり、咲き始めたばかりの桜の花を食む者もいて、絵画の中の世界のような光景にさらに現実感が遠のく。
ぼんやりと鹿を眺めながら歩いていると、向かい側からやってくる壮年男性二人連れの会話が耳に入ってきた。昨今のお笑い界を憂いているようだ。なぜかその瞬間、奈良に居るのだという実感が湧いて、喜びとなって身体を満たした。
そして、二月堂に続く石畳の小道の美しさ、二月堂からの眺望の素晴らしさ、暮れなずむ空を背景にした大仏殿のシルエットと、感嘆の連続に、再び思いあがるのだった。
一人旅を思いついてから二月と経っていないのに、今ここでくつろいでいることが嬉しくてたまらない。
オーナーの奨めで、明日は早朝の東大寺を散策することに決めた。朝の清澄な空気に包まれた二月堂はどんなだろうなどと想像してみるだけで頬が緩んでしまう。
夕飯を食べた店で教えて頂いた枝垂桜が美しいという氷室神社にも行ってみよう。
懐深い奈良は、明日もきっと、私を思いあがらせてくれるに違いない。

神奈川県在住 T.M.様 40代 女性